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「リー・クアンユー」シンガポール建国の父

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シンガポール「建国の父」であるリー・クアンユー元首相が逝去されました。

2015年3月23日午前3 時18 分(日本時間同午前4時18 分)。91歳でした。

心よりお悔み申し上げます。

個人的なことですが、シンガポールには大変お世話になりました。「シンガポール航空」日本人スチュワーデス第一期生として採用され、多くのことを学ぶことができました。

当時のシンガポールはマレーシアから独立分離し7年ほどしか経っていない貧しい国であったと思います。その国のシンガポール航空の一員として、家族のように迎えられ、国を挙げ手厚く歓待して頂きました。

無名のシンガポール、そして、シンガポール航空でしたが、急速に世界で高く評価されるエアラインへと成長していく醍醐味は、心からクルーと共に喜び合い、何よりの誇りであったことを、つい先日の事のように思い返すことができます。離職後も、同僚たちはこう言い続けておりました。

「シンガポール航空は私の青春だったの」。

誰もがそう口にしました。私にとりましてもシンガポールという国、そしてシンガポール航空は自分の青春でした。

それと同時に、リー・クアンユー政権下で、どうすれば国は発展するのか、ということを体感できた素晴らしい、おそらく二度と経験できないだろう年月を過ごすことができたと思います。

140年以上もの長い植民地化という年月を経て、英国から独立し、マレーシアから分離したその日から、シンガポール独立国としてスタートしたのです。国民に打ち出した原則はとてもシンプルなものでした。

「道路にゴミを捨てるな。唾を吐くな」
「麻薬は厳禁」
「汚職は許さない」

リー・クアンユー元首相は、この三つのことを徹底させたのです。

人々の暮らしは豊かではありませんでしたが、道路にはゴミ一つ落ちていませんでした。麻薬という話も話題になったことはありませんでした。汚職の心配も国民はなかったのではないでしょうか。誰もが希望をもち、心から微笑んでいました。そして、当時のシンガポールは美しい自然の宝庫でした。まるで、緑と花の楽園のように思えました。

これが、シンガポール独立の原点であったように思えます。

今ではすっかり近代国家となったシンガポールですが、芸術面や教育面などの忘れ物もあったかもしれません。しかし、あれだけの貧困と荒廃した国を、一代で先進国に導いただけでも、考えられない偉業だと思います。

シンガポール建国の父として、最大の敬意をここに表したいと思います。

混沌とする世界情勢の今日、建国の原点を忘れることなく、シンガポール国の増々の発展を、ここ日本よりお祈り申し上げます。

                            2015年3月24日 奈良 順子

「一人の女性の笑顔」戦争という悲劇を乗り越えて・ ベトナム

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写真;奈良(ベトナム・フォーチミン)

この写真を見る度にほっとします。

戦争から解放された女性の笑顔。なんて美しい笑顔だろう。

戦後の日本女性たちもきっと同じように微笑んでいたことと思う。戦争という恐怖から解放された女性たちの笑顔は世界中どこも同じです。輝いているのではないだろうか。

私たち戦争を知らない世代は、戦争・戦後補償など詳細を聞かされずきてしまいました。こうした詳細も分からず、漠然と、深層に自虐史を抱き続けるくことは良いことだとは思わない。

何百年と続いた植民地化はどういう状態であったのか。どのような経緯で戦争が勃発したのか。戦時中に何があったのか。敗戦国の戦後補償・ODAはどうなっているのか。また、近年の戦争においてはどうなのか。一人ひとりが学び、戦争・紛争について、自分なりの考えを導き出していくことが重要ではないかと思う。

二度と悲惨な歴史が繰り返されてはならない。どの戦争も、傷つくのは子ども、女性、少年兵たちなのです。


「若い人たちは国や社会を良くするために頑張っています。 」ベトナム・Hai教授

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Hong Bang University
Asian studies Department
Dieu Thi Bich Hai教授 


「若い人たちは国や社会を良くするために頑張っています。.」Hai教授

奈良: 大変お忙しい中、このような機会を有難うございます。Hai先生は、ホーチミン市にあるホンバン大学で文学部アジア学科の教授をされておられます。本日はベトナムの「語学教育」と「若い方々」についてお話を伺いたいと思います。どうぞ宜しくお願い致します。

Hai:
こちらこそどうぞ宜しくお願いします。

奈良:
学生の方々はアジアのどの国の言葉を学んでおられるのでしようか?

Hai:
ハンバン大学のアジア学科では、日本学・中国学・韓国学・ベトナム学が設置されています。学生たちは、そのいづれかの語学と文化を学んでいます。高校を卒業して、十七・八歳で入学してきますが、日本学はベトナムの学生の間でとても興味をもたれています。

奈良:
何故、日本学は人気があるのですか?

Hai:
日本の企業に就職したいと思っている学生も多く、日本文化に大変興味をもっています。

奈良:
先生は日本学で教鞭をとられておられますが、日本語が流暢で、このインタビューも日本語で行われています。日本語をどこで学ばれたのですか?

Hai:
1970年から三年間、日本で勉強しました。奈良県の大学で日本語研修を二年間受けて、最後の一年間は奈良女子大学で聴講生として勉強しました。自費ではとうていいけませんでしたが、奨学金で日本に行くことができたのです。

奈良:
それで日本語がそんなに流暢なのですね。ハンバン大学の日本語学は、入学試験で日本語はあるのですか?

Hai:
日本語の試験は行いません。学生たちは、入学して、初級から始めます。日本語は、週十四コマ(一コマ45分)の授業を行います。話す・聞く・読解・文法を勉強します。宿題やテストも毎回ありますし、その他、ベトナム語で、日本の歴史、文化、経済等を学んでいきます。

奈良:
ベトナムの書店に行って驚いたのですが、日本語の本がとても高いですね。

Hai:
その通りです。日本語の本はとても高いので、学生たちは、なかなか本を買うことが出来ません。

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奈良:
皆さんは、どのように勉強をされているのですか?

Hai:
教科書が一冊ありますが、日本語の教材をこちらが作成して、そのプリントを使って学生は勉強しています。オンラインも十分に普及していないので、その点が大変です。

奈良:
このたびの訪問で、Hai先生の教え子でおられる、Taiさんにベトナムを案内して頂いたのですが、すばらしいです。完璧なな日本語で、語彙も多く、難しい漢字も何でも書いてしまいます。本当に努力なさったのだと思いました。その上とても礼儀正しく、とても信頼できる方だと思いました。

Hai:
そう言って頂けて嬉しいです。 若い人たちは国や社会を良くするために頑張っています。


「教育で最も重要なことは教える側の熱意だと思います。」Hai教授

奈良:
生徒さんたちは十分に本もないのに、頑張って力をつけてこられたのですね。また、そのような大変な状況の中、Hai先生は長年教えてこられたのですね。本当にすごいことだと思います。色々な環境があると思いますが、先生は教育の中で何が大切だと思いますか?

Hai:
教育で最も重要なことは教える側の熱意だと思います。上手な教え方も大切でしよう。それと同時に、学生の学ぶ姿勢も大切です。その両方の熱意が一緒になって、初めて学生は学ぶことが出来るのだと思います。


「どの国も、若者が国や社会や未来のために頑張ろうとしているのではないでしようか。」 Hai教授

奈良:
先生は、長年にわたり学生を育ててこられました。ベトナムの若い人たち、そして、ベトナムの将来についてどう思われますか?ベトナムの社会はどうなっていくと思われますか?

Hai:
若い人たちが育っていますので必ず良くなっていくと思います。自分が若い頃は、ベトナムの復興のために何でも一生懸命やってきました。その点に関しては、現在のベトナムの若い人たちも一緒だと思っています。大学の夏休みも自分の故郷に帰らないで、ここホーチミンで社会活動に励んでいる学生が大勢います。

奈良:
学生さんたちはどのような活動をなさっているのですか?

Hai:
青年館での活動では、毎年、学生たちが、遠い田舎に行って、貧しい子どもたちの勉強の手伝いをしています。また、毎年夏休みに、日本の学生が来て下さり、ベトナムの学生も参加して、一緒にマングローブの木を植えています。心から喜んでこうした活動に参加しています。今植えている木が未来のベトナムに繋がるからです。ベトナムの将来はきっと良くなると思います。

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奈良:
日本の若い人たちも来て、木を植えているのですね!未来のために、そして誰かのために何かをするって素晴らしいことなのですね。

Hai:
どの国も、若者が国や社会や未来のために頑張ろうとしているのではないでしようか?

奈良:
本当にそう思います。先生の想いやご教授が生徒さんたちに伝わっているのだと思います。私たち大人は、そうした若い人たちのためにも頑張らなければ、と思います。

Hai:
その通りだと思います。

奈良:
先生は、日本語が流暢であられ、本日は日本語でインタビューさせて頂きました。私自身、Hai先生から沢山のことを学ぶことができました。本日は貴重なお話を有難うございます。こころより感謝申しあげます。

「どんなに苦しい時も、学び続けようと決心したのです。」カンボジア・Malis 学科長

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Institute of Technology -of Canbodia
カンボジアテクノロジー国立大学
食品化学工学学科長 Srey Malis


「私はどんなに苦しい時も、学び続けようと決心したのです。」Malis 学科長

奈良:
先生は食品工学がご専門ですが、本日は、「女性が学ぶ」ということを中心に、先生のご経験を通しお話を伺えたらと思います。

Malis:
了解しました。

奈良:
先生は現在「カンボジアテクノロジー国立大学」で教鞭をとっておられますが、今日に至るまで、苦難の道のりだったのではないかと想像することができます。どのような状況だったのでしようか?

Malis:
その通りです。苦難の道のりでした。私はとても貧しい家に育ちました。両親は貧乏でしたけれど、「どんなことがあっても学び続けなさい」と、私は小さなころから父と母に言われてきました。子ども心に両親の言う通りにしようと思いました。特にポルポト政権下では大変でした。小学校・中学校・高校と全ての学校が閉鎖されてしまったのです。そして一切教育を受けることは許されませんでした。

奈良:
それは、1975年から1979年初期までのことですね。その後はどうなったのですか?

Malis:
女性が教育を受けることが許されるのは18歳まででした。18歳以上の女性は教育を受けることが許されなかったのです。それで両親が私の誕生年を変えて、私は学校に通い続けました。私はどんなに苦しい時でも学び続けようと決心したのです。


「国の再建のために自分が経験したこと、そして学んだことの全てを若い世代に伝えたかったのです。」 Malis 学科長

奈良:
そのような厳しい状況の中、自分の意思を貫くのは並大抵のことではなかったと思います。たとえご両親の願いであったとしても、ご自分の確固たる意思が無ければ成し得ないことではないでしようか。そこまで強い意思をもたれたのには特別理由があったのですか。なぜそんなに勉強をしたかったのでしようか?

Malis:
私はどうしても教師になりたかったのです。国の再建のために自分が経験したこと、そして学んだことの全てを若い世代に伝えたかったのです。

奈良:
現在、まさに、先生はその大志を貫き、教壇に立たれ、大学生の教育を実践されておられます。そのことに関してどう思われますか?

Malis:
とても幸せに思っています。私はいつも、人生について、教育について、若い世代に伝えたいと思ってきました。 このことが若い世代に良い結果をもたらしています。自分が海外で学んだ新しいことも学生たちに伝えることがきます。社会に貢献することができるのです。これほど嬉しいことはありません。

奈良:
先生は高校を卒業されたのち、チョコスロバキアの大学に留学し卒業しました。その後、カンボジアに戻られ、今度は2004年にベルギーの大学院に進み、三十代で学位を取得されました。教育を受けられない厳しい環境の中、学び続ける先生の姿勢は凄いものがあります。そんな先生の下で学んでおられる若い世代の学生に何を期待しますか?

Malis:
私が伝えたいことを学生たちはよく理解してくれています。そのことが良い結果をもたらしていると実感しています。学生たちはとてもよく成長していると思います。このまま学び続けて欲しいと願っています。

奈良:
カンボジアは苦しかった時代を経て、今日に至りました。そのような意味では、日本も同じ経験をしています。焼け野原の中から人々が立ち上がりました。国にはそれぞれの歴史があり、文化が存在します。しかしながら、今日、独自の文化が失われ、世界は、どの国も同じように見えてしまって私は残念に思っています。グローバル化について先生はどのようにお考えですか?

Malis:
部分的に新しい発想や、変化を受け入れるのは良いと思います。しかし、自分たちの文化は守るべきだと考えています。カンボジアにはカンボジアの言語や文化があります。私たちは自分たちの文化を守りぬかなければなりません。


「女性は教育を受けることで、自分を守る事が出来る。」Malis 学科長

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奈良:
これは、最後の質問になりますが、グローバル化に伴い、格差社会とも言われる今日ですが、多くの女性や子どもが苦しい状況に置かれている現状があります。たとえば、家庭不和、DV、生活苦等の問題も深刻化しています。そのしわ寄せが子どもたちに来ている家庭も多いのですが。

Malis:
それはカンボジアも例外ではありません。多くの女性が問題を抱えています。

奈良:
そんな女性たちに何かメッセージはありますか?

Malis:
教育を受けて欲しい。教育を受けることで自分を守ることができるのです。問題を解決することができます。他の人を救うことが出来るようになるのです。家族を救うことができるようになるのです。どんな厳しい状況でも学び続けて欲しいと思います。


「教え子のことを誇りに思います。」 Malis 学科長

奈良:
本日は、大変印象深いお話を伺うことができました。どうも有難うございます。これは、最後の最後の質問になるのですが、本日同席されている「In先生」は、Malis先生の教え子であり、現在は先生のご教授のもと同大学の講師として教鞭をとっておられます。どのような教え子ですか?誇りに思っておられますか?

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Malis:
In Sokneangさんはとても聡明で努力家です。誇りに思っています。
Inさんは9月からPh.D取得のため、フランスの大学院博士課程に三年間留学することになっています。

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奈良:
本日は、Malis先生のお話を伺い、どんなに大変な環境の中でも人は学び続けなければならない、ということを実感しました。特に女性の場合、学ぶことが自分を守り、家族、特に子どもを守ることにつながるのですね。更にそのことが社会全体に波動していく。先生は学ぶことを封じられた厳しい時代に、ご自身の学び続けるという信念を貫いてこられました。そしてInさんのような、社会や国や人々のために貢献出来る人材を育てられています。一人の女性の学びが、社会をより良い方向に導くことができる。多くの女性が勇気づけられることと思います。本日は貴重なお話を有難うございました。